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東京高等裁判所 昭和54年(う)2031号 判決

本籍

千葉県千葉市緑町二丁目一二番地

住居

同 県同 市緑町二丁目一二番一二号

緑台ハイツ一〇三号

不動産取引業兼特殊浴場経営

高橋弘輝

昭和一四年一月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年八月六日千葉地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官河野博出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人浅見敏夫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官河野博作成の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

所論は、要するに、本件の犯情、特に、原判決において被告人の経営する事業とされた「クラブ姫」の経営主体が事実上被告人の妻であって、被告人でなく、その分の所得の帰属に疑問があること等に照らすと、原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、訴訟記録及び関係証拠を調査し、当審における事実の取調の結果をも加えて検討すると、本件は、特殊浴場等を営む被告人が、昭和五〇年分から同五二年分までの三か年にわたり、実際の総所得金額の総合計が約一億四一五一万円であるのに、その八二パーセント強に当たる約一億一六四二万円を秘匿したうえ、各年分のいずれについても所轄税務署長に対し虚偽過少の所得税確定申告書を提出するなどの不正の行為により、正規の所得税総合計の九五パーセント強に当たる六四七七万四九〇〇円を免れたという事案である。所論は、「クラブ姫」の実質上の経営者が被告人でなく、その妻高橋花子であったとし、右「クラブ姫」に関する事業所得分を除外して被告人の所得及び所得税を計算すると、昭和五〇年分ではほ脱税額がなくなり、その余の年分でもほ脱税額が大幅に減少するというのであるが、所論「クラブ姫」は以前「バーコンパル」と称し、被告人の妻花子が被告人との結婚前である昭和三四年店を借りて開業したもので、同女が、同三六年被告人と結婚し、同四九年ころ店を「クラブ姫」と改める前後を通じ、同五〇年ころ一時家庭にあった期間のほかは、終始店に出て、いわゆるママとしての接客を担当していた事情はうかがわれるものの、同四〇年以降営業許可名義人、店名及び店舗所在地を変更し、新たに資本を投下して、千葉市内でも有数の店舗にまで発展した経緯をみると、本件当時の「クラブ姫」は開業時における「バーコンパル」と同一のものとはみなしがたく、また、その営業規模を拡大して「クラブ姫」の業態を築くについては、被告人の寄与が大きく作用している点を看過することはできないのであって、少なくとも昭和五〇年から同五二年末までの本件課税対象となった期間における右店舗の売上現金及びこれを日日預け入れた普通預金の各管理状況、右店舗の貸借及び賃料支払の関係、営業担当責任者(営業部長)に対する選任監督及び指揮命令の状況等に徴すれば、右店舗における経営の実権は被告人自ら掌握していたものと認めざるを得ない。他方、被告人の妻花子は、接客面を担当するだけで、店舗経営の主要な事項や経理関係には全く関与することなく、昭和五〇年五月以降は一従業員としての給料の支給を受け、他の従業員もおしなべて店の持主は被告人であるように了解していたこと等に照らせば、所論にもかかわらず、「クラブ姫」の実質上の経営者は、花子ではなくして被告人であり、その事業から生ずる収益は、被告人がこれを享受し、被告人に帰属していたものと認めるのが相当といわなければならない。なお、所論は、花子が、「クラブ姫」の収益の結晶ともいうべき定期預金及びその使用印鑑を所持していた点からしても、同女をもって同店の利益の享受者とみるべきであるというけれども、被告人の検察官に対する昭和五四年三月一二日付供述調書その他の関係証拠によれば、右定期預金は、被告人が同店の借家関係の紛争にこりて、同五〇年ころ自己所有の土地と店舗とを入手したいと思い、その資金を蓄えるべく、「クラブ姫」の収益金により開設したもので、花子は、単にその預金証書と印鑑とを保管していたにすぎないものと認められるから、右預金証書等の保管をもって「クラブ姫」の収益の帰属を争う所論は採用の限りでない。また、所論は、特殊浴場二店舗から生じた収益のかなりの部分が、被告人全額出資の株式会社の借入金と利息に充当されていることから、同株式会社を含めて一個の法人ないし個人の所得として把握し、その全体を通算すれば、本件ほ脱税額は相当額減少することになるというのであるが、右株式会社が独自の銀行取引及び業務の実績をもち、形式だけの存在ではないと同時に、同会社が本件の収益源である特殊風呂の経営等に関与した実績の全くないことが明白であるから、この点の所論は前提を欠いて失当のものというほかない。そこで、本件の犯情について考察してみると、被告人は、千葉県の有力な経済人であった父親の次男に生まれ、東京都立大学工学部の在学中に李花子と結婚し、大学卒業後、長兄の急死に伴い、父の跡を継いで、不動産業等を営むうち、営業不振の結果倒産するにいたったので、昭和四五年ころから収益の多い特殊浴場の経営を始め、同五〇年ころには特殊浴場二店舗及び「クラブ姫」を所有し、他の会社の役員の職にも就いていたが、個人企業の経営を安定させるために簿外資金を確保し、兼ねて、別会社の借財返済の資金を得ようとの意図のもとに、所得税をほ脱することを企て、正規の現金出納に関する帳簿を作成せず、確定申告の期限が切迫してから内容虚偽の現金出納帳を自身で作成し、これに基づいて税理士に決算書類の整理作成を依頼し、特殊浴場二店舗及び「クラブ姫」の各売上高をいずれも実際より大幅に圧縮し、他方では、収益の目安となる特殊浴場におけるタオルの使用量、「クラブ姫」における酒類の仕入量の半数以上を各関連業者と通謀して経費の計上から除外し、各収益を架空名義又は第三者名義の預金口座に預け入れ、あるいは、故意に口座を複数にし、口座の名義を変更する等の作為をし、また、昭和五〇年分、同五一年分の「クラブ姫」の収益分については、累進課税の適用を免れるため、第三者である従業員の名義で確定申告書を提出するなど不正の手段を弄したうえで、本件ほ脱行為に及んだものであって、そのほ脱にかかる数額の点についてみても、各年分の所得秘匿率及びほ脱税率がいずれも高く、しかも、年を追うごとに高率に転じている点や、ほ脱税額の合計が前記のとおり高額のものであることを考えると、本件ほ脱行為に内在する悪性は見逃がしえないものであり、本件をもって一片の行政事犯として軽易に評価することは許されないものといわなければならない。してみると、被告人は、風俗営業事犯による罰金刑の犯歴が二回あるほか前科がなく、本件発覚後、本件を反省し、修正確定申告書を提出し、所得税本税を完納し、付帯の諸税を分割納付中であることその他所論指摘の諸事情を考慮しても、被告人を懲役一年、三年間執行猶予及び罰金二、〇〇〇万円(換刑処分一日五万円)に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるとはいえないから、結局論旨はすべて理由がない。

なお、職権で調査すると、原判決は、その第二の罪となるべき事実として、昭和五一年分の実際の総所得金額を五一七五万九七八五円(別紙三の1及び2の修正損益計算書参照)と認定判示し、更にその判決理由を敷えんして、右所得の内訳を明らかにするため事業所得及び給与所得に区分した別紙三の1及び2の修正損益計算書を添付しているのであるが、右各修正損益計算書に記載された事業所得金額(同表の公表金額と当期増減金額内犯則金額の合計額)と給与所得金額の合計金額が前記総所得金額に合致していない点が発見される。しかし、この点について関係証拠によって考察してみると、右総所得金額は、右事業所得金額及び給与所得金額のほかに雑所得金額を加えたものであることが認められ、右原判決添付にかかる修正損益計算書は、総所得のうち、雑所得を除いた所得に関する内訳を明らかにしたものと理解することができる。原判決は、右の実際の総所得金額の認定にあたり、かっこ書きによって参照すべきものとした別紙各修正損益計算書が事業所得及び給与所得に関するものである点を付記していたとすれば、判決本文と別紙との関連が一層明瞭になったと思われるけれども、関係証拠と対比すれば、その関連は明らかであると認められるうえに、修正損益計算書の添付は判決に欠くことのできないものとは考えられないから、前記雑所得分についてこれを欠いていても、原判決の認定判示しているところは有罪判決の記載要件を充足しているものというべきであり、右の点が判決の理由不備又は理由のくいちがいを生ずることにはならないと解される。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川潔 裁判官 杉山英巳 裁判官 浜井一夫)

○控訴趣意書

被告人 高橋弘輝

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴の趣意は左記の通りである。

昭和五十四年十一月五日

右弁護人 浅見敏夫

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

本件には左記列挙の情状があるので、原判決の刑の量定は著しく重きに過ぎるものであり破棄を免れないものと思料する。

第一、被告人の経歴について

本件訴訟記録にある通り

(一) 被告人は、昭和三十六年東京都立大学工学部在学中の身で、千葉市栄町において「バーコンパル」を経営していた韓国人李花子と結婚を前提に同棲生活に入った。

これがため、みくに土地株式会社の社長として千葉県下では有力な財界人であった父善作の怒りにふれ勘当同様の立場におかれた。当時の被告人は、将来土木技師となることを理想とし妻花子の経営するバーの収入に頼って学生生活を続けた。

ところが昭和三十七年父の後継者とされていた兄正輝が異性問題で不慮の急死を逐げたことより被告人が後継者たることを余儀なくされ、両親の下に出入りを許されるようになり、妻花子の性格人柄が認められ夫婦間に長男が生れる等被告人一家にも一陽来復かとみえたのである。

(それにしても被告人と李花子との婚姻届出は昭和四十四年三月であり、花子の日本国帰化は昭和五十三年三月である。)

(二) 被告人は、昭和三十九年三月都立大土木科を卒業と同時にみくに土地(株)に入社し昭和四十二年には父が横綱柏戸の後援会長を引受けた代償として譲り受けた新丸ビル一階の店舗を利用してゴルフ用品の販売を目的とする(株)いわたやを設立し被告人自ら社長となる等財界人二世として極めて順調な発展振りとみえた。

然るに昭和四十三年父が協力関係にあった同業者に裏切られ、予測もしなかった多額の負債をかぶり、遂にみくに土地(株)は倒産し、(株)いわたやも関連倒産し、老令の父に代り若年の被告人が両社の負債を一身に引受けて整理せざるを得ない苦境に陥ったのである。

勿論千葉市松ケ丘にあった父の邸宅は処分され被告人一家も市内緑町の陋家に借家住いとなり、再び妻のバー経営に支えられる生活となった。被告人が父の後継者となった后も妻花子は「バーコンパル」の経営を続けていたのである。

(三) そうした苦難の時期に妻の姉李貞善から被告人に対し共同で事業をやらないかと誘いがあり、これに応じて計画をたてたのが特殊浴場(所謂トルコ)の経営であり、昭和四十五年二月有限会社光商事を設立した。当初の計画では同会社でトルコ営業をする方針であったが、銀行側の要請で光商事は建物賃貸業とし、同社で建てた特殊浴場を被告人が個人で賃借する形式をとらざるを得ないことになり、同年四月被告人個人の経営形式による「トルコ千姫」が開店をみるに至った。

(有)光商事は資本金一〇〇万円であり、被告人と李貞善が半額宛出資し、共同代表制をとり、報酬として李貞善に月額三五万円、被告人が三〇万円受給し、トルコ千姫の営業資金として両名それぞれ金五〇〇万円宛拠出し、その利益を折半することを約定した。

ついで昭和四十七年七月「トルコ大名」を開店したが、営業資金として両名とも金七五〇万円宛拠出した。

トルコ二店の業績は極めて良好で、被告人は李貞善に対し昭和四十八年始め頃までの間に合計二、〇〇〇万円にのぼる利益を配当し、光商事の報酬も約定通り支給している。

なお李貞善は、光商事並びにトルコ二店に出資しただけで経営面には全くノータッチであった。

(四) トルコ営業によって、倒産した二社の残債務も整理し、更にある程度の経済的基盤をも確保し得たので、被告人は昭和四十八年二月宅地造成並びに不動産売買等を営業目的とする弘和産業株式会社を設立し、千葉県信連から一億円融資を受け同県富里に山林八〇〇坪、千葉市内に宅地三〇〇坪余りを買収し、社員も数名雇入れて念願とする事業を開始したのである。

ところが、同年六月トルコ大名が売春の容疑で検挙され営業停止の処分を受けたばかりか、期を一にしてトルコ千姫にも悪評をたてられて営業不振に陥った。

更に同年八月発生したオイルショックの影響で、弘和産業買収の土地が凍結状態となり、借入金一億円の金利の支払、分割返済金の資金手当、社員給与等被告人にとっては二度目の受難時代となった。

然も李貞善からは、売春事件の検挙に驚いて事業共同の解消、投資した資金の回収を通告される等その苦難は筆舌に尽しがたいものであった。尤もそうした通告にも拘らず李貞善から同年暮二千万円の融資を与えられて急場をしのぎ、幸いトルコ大名の営業停止も短時間で終り、昭和五十年に入ってからは漸く業況も回復の兆しをみ得るようになった。

そしてその后三年間トルコの収入に支えられて開店休業の弘和産業(株)を繋いでいた被告人に対し昭和五十三年四月十二日東京国税局の本件査察が入ったということである。

因みに弘和産業(株)の決算(公表)状況は、

昭和五十一年十月期………当期未処理損失 二六、一七四、〇一三円

昭和五十二年十月期………当期未処理損失 三九、七五三、二八四円

昭和五十三年十月期………当期未処理損失 三七、三八五、九九四円

である。

第二、クラブ姫(旧バー姫)の経営について被告人は、原審公判冒頭の起訴事実の認否においてその事実を認めながら、事情として本件対象年度当時の被告人の認識としてはクラブ姫の経営は被告人の妻花子のものであると思料していたが、今度査察を受けて係員からクラブの経営に対する被告人の関与の仕方では税法的にみると被告人の事業になると云われ、そういうものかと納得して査察官の指示通りクラブ姫の所得を被告人の所得として修正申告したものである旨陳述した。これがため裁判官から起訴事実を認める趣旨であるのか否かと質問され、結局事実を認める趣旨であるとなった。

ところが原審公判最終段階の被告人陳述の内容が問題になり前同旨の応答が裁判官と被告人との間で反覆されたのである。

被告人は何故このような歯切れの悪い態度をとったのであろうか。

そこで本件記録を通覧してみると、実は同様の応答が被告人と査察官、検察官との間で反覆されているのである。

即ち被告人に対する。

(一) 昭和五十三年四月十二日付質問てん末書においては、バー姫の経営者は被告人であると述べながら、その第六問答において「バー姫は将来会社にしたいこと、この店の営業面は妻花子が仕切っていること、妻は韓国籍のため会社の代表者にすることが難しかったが近く帰化できることになったので妻の名義で正しい申告をしたいと思う旨記載され、その一部が抹消されている等」原審公判におけると同旨の応答があったことが推測され、

(二) 昭和五十三年十一月二十四日付てん末書第十四問答にも同旨の供述の記載があり

(三) 昭和五十三年十一月二九日付てん末書第六問答には「トルコ二店とバー姫の売上経費は区分して管理され混合はない」旨の記載

(四) 昭和五十四年三月十二日付検察官調書第三項には「バー姫の経営は被告人の経営であることを反覆供述しながら、仮名や無記名の定期預金はバー姫の売上金からできたものであり、これはバー姫の店舗を作るための資金であり、その預金証書、印鑑は妻が保管していた」旨の記載

があり、原審公判に至って始めて陳述したことではなく、密室内での追究においてさえ断片的ながら同旨の供述をしていたことが推測されるのである。要するにクラブ姫は妻花子が、昭和三十四年に独力で千葉市栄町において開店したものであり、爾来二十年間被告人との結婚生活、被告人の事業家としての盛衰に関係なく妻花子の手で営業を続けてきたものであり、その間ママと呼ばれたのは同女だけであった。

その間同店の営業名義人をバーテンにしたり、被告人にしたり、福田重夫にしたりしたが、それは妻花子がバーの店頭に営業名義人として韓国名をさらすことを嫌ってのことである。

妻花子は昭和五十三年三月待望の日本国籍を取得し、クラブ姫の店をジャックス会館に移し十数名のホステス擁し千葉市では一流のクラブとなったのを機会として昭和五十三年十一月その経営を有限会社広栄商事に移すこととし、同会社の資本金一〇〇万円の六〇%を同女の出資額として代表取締役に就任し、昭和五十四年三月開催の社員総会において「当会社経営のクラブ姫の営業は代表取締役の高橋花子がその一切をとりしきり他の役員はその営業に全く関係なきものとする」旨決議して会社経営ではあるがクラブ姫の経営実権は妻花子にあることを明確にしている。

なお(有)広栄商事は昭和五十四年六月商号を(有)弘和企画と変更した。

一の事業体について誰が経営者であるかはその事業の収入が誰に帰属するかで決定する。究極するところ収入が化体した資産の処分権が誰にあるかということであろう。被告人は査察当初より一貫して、トルコ二店の収益とクラブ姫の収益は区分しこれを混同したことはないこと及びクラブ姫の収入からできた定期預金の証書とその印鑑は妻花子が保管していたと供述していることである。

クラブ姫は、妻花子が二十年間ママとして手塩にかけた店である。韓国籍の同女にとっては被告人との関係がどうなろうとこの店のあることが精神的にも物質的にも支えであったのである。仮りに被告人と離婚することにでもなったとしたら「この店は私のものである」と主張するに違いない。

だからこそクラブの収入から形成された定期預金と印鑑を自分で保管していたものであり、(有)弘和企画の経営に移した後はその経営を同女の専管に決議したものである。原審において検察官は、クラブ姫の経営について被告人自らまたは弘和産業(株)の社員が関与したことをとりあげて従ってクラブ姫は被告人の経営であると主張されていたが、それは事務的な処理の手伝いに過ぎない、とみるのが相当である。

然らば被告人は何故査察官や検察官に対してまた原審公判においてクラブ姫の経営主体についてはっきりと争わなかったのか、それは争うことによって妻花子がクラブ姫の脱税責任者としてとりあげられるのではないかと虞れたのであろう。昭和五十四年二月五日修正申告を提出したのもそれである。

そして修正申告を提出したことによって最早税法上税額を争う途は絶えたのである。当弁護人は、クラブ姫の経営主体を被告人と認定したことには問題ありと思料する。

然しここにこれをとりあげた所以は、犯罪の成否としてではなくせめて情状として酌量賜りたい趣旨である。

第三 本件脱税事件の動機態様について

本件脱税事件は、被告人が自己経営のトルコ千姫、トルコ大名、クラブ姫(旧バー姫)の営業収入の一部を除外して所得税を過少に申告し、昭和五十年度から昭和五十二年度までの三年間に所得税合計六四七七万円余りを逋脱したものであるとされ、被告人はその事実を認めて昭和五十四年二月五日修正申告書を提出したものである。

(一) 動機

被告人は検察官に対する供述において「弘和産業(株)の銀行借入金の返済に窮したことが本件の動機である」と訴えている。事業家にとって銀行借入の条件を守ることが信用保持上いかに大事であるかはいうまでもないことであり「まともに納税したのでは借金を返す資金ができなかった」旨苦衷を述べているのである。弘和産業(株)を設立し、県信連から借入れた一億円で土地を買った。オイルショックの影響でその土地は処分できなくなった。然し借りた金は返さなければならない。金利も支払わなければならない。当時の被告人としてその資金を求める道は結局トルコ収入以外になかった。記録上昭和五十一年度だけでもトルコの売上計上洩れから合計一、五〇〇万円以上が右返済に充当されている。更に原審公判における被告人陳述によれば、その合計額は六、〇〇〇万円にのぼるであろうというのである。弘和産業(株)は、被告人の一〇〇%同族会社であり、開店休業の同会社社員がトルコ千姫、トルコ大名の経理面等に深く関与したのは当然の成行きであり、その状況は見方によってはトルコ二店が弘和産業(株)の経営の一環になったとも見得るものであったのである。トルコ二店の売上計上洩れによる簿外資金は被告人の一存で弘和産業の借入金返済や経費その他に充当されたのである。原判決の認定はこうした事実には関係なく、利益のあがったトルコ二店は被告人個人の経営として所得税をとり、弘和産業(株)に対する関係は被告人個人からの貸付金として処理されることになり、同会社が返済不能となった段階で被告人個人には貸倒れとして損金処理を認めることになる。

所得税法第十二条、法人税法第十一条は実質課税の原則を打出し、経済的実質に従い利益の享受者が税を負担すべきものとしている。

弘和産業(株)は前述の如く赤字決算である。トルコ二店の利益が経済実態に従い通算し得るとしたら課税所得は半減し被告人としてはどれ程救われるか計り知れないものがある。

(二) 態様

トルコ並びにクラブの売上計上洩れを秘匿するため、タオルのリース数量の圧縮、酒類仕入量の圧縮をしたことが極めて悪質な不正行為であると指摘されている。

然しながら青色申告をとる以上所得の確定は収支計算によらなければならない。売上を圧縮すれば経費もまた圧縮しなければ損益のバランスがとれないことは常識であり、圧縮の方法としてタオルの使用量を減らしたのも昭和四十八年税務署の所得調査を受けたとき係官から与えられたヒントであったという。これをもって特に悪質であるとすることは当を得ない。

寧ろ被告人に税法の知識が十分あったとしたら、クラブの経営主体を明確に区分したであろうし、トルコの経営についても李貞善が脱退した段階でこれを(有)広栄商事の傘下に移して法人税法の適用を受けることにして所得税の累進税率を回避したであろう。

(有)広栄商事は昭和四十八年九月一日特殊浴場経営を目的として設立したが、トルコ大名の営業停止のために移管できず、その后手続を放置してあったものである。

例えばクラブ姫が被告人の事業から除外されると、別紙(2)記載の通り被告人の逋脱税額は昭和五十年度は零となり、昭和五十一年度同五十二年度合計で五三五三万円の逋脱となり差引一一二四万円の減額となる。

第四 修正申告税額の納付状況

被告人は本件査察の結果、査察官認定の税額を修正申告し次の諸税を追徴されることになった。

所得税 六四、二七六、九〇〇円

重加算税 一九、二七五、六〇〇円

延滞税 八、九〇〇、〇〇〇円

事業税 五、八三一、七五〇円

市県民税 一九、〇〇〇、〇〇〇円

右追徴税額の内、所得税だけは昭和五十四年二月五日及び同年四月三日納付することができたが、その余の税金については分割納付を認められ現在までに六〇〇万円納付した。

なお右所得税を納付するために千葉商銀信用組合から三千万円融資を受けている。

数多い脱税事件の中で追徴税を納付するために銀行借入れをする事例は稀である。

トルコ営業の除外利益を弘和産業(株)に融通したものが焦付いているためである。

第五 量刑の均衡について

昭和四十七年五月から昭和五十一年四月までの間において、東京高等裁判所管内の地方裁判所が判決を言渡した、直税逋脱事件の内逋脱税額七、〇〇〇万円を超える事件は二十三件であると云われており、その量刑は別紙(1)の通りである。

その内所得税法違反事件一〇件をみると、逋脱税額と罰金額の対比は平均一八・九%であり、その内浦和地方裁判所の裵在福だけが二八%と高率の外は、概ね二〇%前後に集中し、これに脱税額に応じて懲役刑が併科されているのが平均的な量刑である。

第六 結語

本件は前記縷述の通り、動機においても同情すべきものがあり(被告人を中心とする事業体の一部門の倒産を防止するため)態様においても悪質とみるべきではなく、特にバー姫の経営主体については見方によっては被告人の納税義務から除外し得たものであり、査察官指示通りに修正申告書を提出し、その納税のために銀行借入を起す等納税の誠意にもみるべきものがある等を考慮するとき、逋脱税額六、四七七万円に対し懲役一年(執行猶予三年)に罰金二千万円(三〇・八%)を併科する原判決は懲役刑、罰金刑とも量刑著しく重きに過ぎる不当があると思料するものである。

別紙(1)(2)は上告趣意書中の別紙(1)(2)と同じであるので登載略

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